新日本100名山 英彦山
2011年5月1日 連休を利用して、福岡・大分県境にある、英彦山(ひこさん)に登った。英彦山(ひこさん)は、出羽の羽黒山・大和の大峰山と並ぶ日本三大修験道場とされる霊山である。また、新潟県の弥彦山、兵庫県の雪彦山とで、三彦山としても知られている。別所駐車場から参道を登り、英彦山神宮(奉幣殿)にお参りし、南岳・中岳・北岳と登り、高住神社(豊前坊)へと縦走。
 新日本100名山。 日本200名山。 1200m
南岳から、中岳へ向かう。 中岳山頂(英彦山神宮・上宮)を見上げる 14:10
小雨が降り続いていたが、別所駐車場についたとたん、雨が上がり曇り空に! 新緑の中の涼しい山歩きとなった!  駐車場からバス道を歩き、参道へ。山中に2500坊があり、3500人の衆徒が生活していたと言われる修験の聖域だけあって、英彦山神宮(奉幣殿)への参道両側には、○○坊跡と書かれた説明札が歴史を物語ってくる。最初から石段きつい。
地図 (ピンクが、今回歩いた登山道)クリックすると大きくなります。
別所駐車場!ここが登山口 10:45 別所駐車場から出発! 10:50
彦山町・・・340年前、小倉藩主・小笠原氏が
坊の中に町を作った 10:57
石段を登っていく。 鳥居がどっしりと見え、
歴史の中に入る感じ 10:58
英彦山神宮下の大鳥居 10:59
この宝篋印塔は、200年前に建立。
明治の廃仏毀釈の際、灯篭に変身。 11:01
鳥居をくぐり、これから
参道の石段が続く 11:02
昔はずらりと坊が並んでいた。
 参道の石段が続く。 11:04
福寿坊(ふくじゅぼう)。 山伏は神仏習合だったので、
仏教系・神道系どちらへも転向可能だった 11:05
英彦山神宮(奉幣殿)に向かって、石段を登っていく。両側には、坊の跡 11:07
英彦山神宮への石段がきつくなる。 
ミツマタの花が咲く。11:10
おぉ〜、英彦山神宮だぁ 11:12
これが・・英彦山神宮(奉幣殿)。 拝む 11:13
英彦山神宮横の“梵鐘”
(肥前型。室町時代初期鋳造) 11:12
きれいな、シャクナゲの花 11:16

  英彦山神宮(奉幣殿)で拝んだあと、出発。シャクナゲがきれいに咲いている横の鳥居から石段を登った所が分岐。右折して“玉置神社・鬼杉”方面に向かう。標識も約100m置きにあり、安心して山道を歩いていく。
英彦山神宮から登りだす。
振り向く 11:20
右側・・玉屋神社・鬼杉方面に進む
11:20
すっかり雨もあがり、清清しい
道を歩いていく 11:23
標識がしっかりとしており、安心
11:24
多くの石積が、由緒ある場所だったと
示しているが、今は廃墟・・ 11:33
きれいな石垣に、大樹の根が・・・
11:34
左に上がれば、虚空蔵 11:41 ここで、玉屋神社に直進すべきだったが・・“鬼杉”の
文字が目に入り、左折してしまった。 11:42

『分岐・あ』で、“玉置神社・鬼杉”方面に直進すべきところ、“鬼杉”という名前につられ、左折。階段や急坂を登っていくと、つきあたり、『英彦山山頂・鬼杉』と書かれた分岐に。ともかく鬼杉方面へと歩を進めると、大南神社。なおも進もうとすると、これはまさしく修験道。不動明王まで進むも危険そう(後ろに子供連れの人がいたので)だったので、分岐まで引き返し、鬼杉を見るのをあきらめて、山頂に向かう。
木の階段や石段が増えてくる 11:43 木の根が張った坂を登る 11:47
この上は、“梵字ケ岩”・・・
上がらずに、直進する 11:50
智宝社とかかれた、木の鳥居が・・・ 
これも上がらずに直進する 11:50
木道に、椿の花が落ちている。 きれい
11:56
杉が、たくさん倒れている林の中を、木の階段・
石段の急坂をあえぎながら登っていく 12:11
やっと峠の上へ到着。 三呼峠だ 12:16 岩を削った石段を、注意深く登る 12:19
分岐点だ? 山頂は左。ともかく、いったん右折して
鬼杉方面へ進むことにする 12:22
鎖場を越える。 
後ろから子供連れがついてくる 12:27
おぉ、これが・・大南神社
(英彦山12社権現の一つ) 12:28
これが・・大南神社
(英彦山12社権現の一つ) 12:29
岩を削った道があり、
こわごわ進む 12:30
洞窟の先端に不動明王があるが、その先
進むのは危険なので戻る 12:35


 分岐で昼食後、山頂方面に向かって出発。大杉が多い。急坂を登って行く。マグマが急冷して出来た『材木石』が左右に。数箇所の鎖場を登って・・・南岳・山頂!
山頂に向かって出発。
このあたりの杉は、立派だ。 12:55
ここを右折すれば鬼杉に行けるが、
左折して山頂へ向かう 12:55
岩場に沿って、急坂を登っていく
13:04
《山の花 アオイスミレ》
(登り、材木石付近) 13:10
大南神社から南岳に登る途中。 これが・・『材木石』 13:10
材木のように転がっている“柱状節理”
の石の間を登っていく 13:13
山腹の 樹木の中を、登っていく
13:21
鎖場を登る 13:36 《樹の花 シロモジ》 (南岳への登り道横) 13:43
笹の間の登山道を登っていく
13:45
鎖場の岩場を登り、下を振り向く 
(下りていった若者のパーティが見える) 13:48
南岳山頂まで、あと100m 13:53 またもや鎖場。最後の力を振り絞る 14:03
もうすぐ南岳山頂。 中岳の上宮が見えてきた。 14:07

やっと南岳に到着!中岳は、目の前にある。中岳では、白装束の団体が大きな声をかけながら下山しはじめた。中岳に向かって一旦下りる。 鞍部で登り返す。右前方には、北岳が見える。
南岳山頂! 14:07 三角点 (南岳山頂にて) 14:08
南岳から中岳方面に向かう。
中岳山頂の上宮を見あげる 14:12
南岳から中岳方面に向かう途中、
右前方に北岳を遠望。 14:14
 中岳・山頂に到着。すでに、白装束の団体は下山し、登山客が数人。 記念撮影して、北岳に向かう。岩石の道を下りると、そこはブナ林。 西日本有数の美林で、その床をクマイザサが覆っている。平成3年(1991年)の大型台風で大被害を受け、その存続が危ぶまれ、再生活動が行われている。北岳・山頂にはロープが張られ、ロープ内は、『磐境』 と呼ばれる、神仏習合時からの聖地である。
中岳山頂。 英彦山神社(上宮)
14:19
記念撮影
(英彦山神社・上宮の下方広場にて) 14:24
記念撮影場所から、英彦山神社・上宮を
振り向く 14:32
《山の花 ショウジョウバカマ》 
(中岳から北岳に向かう岩間) 14:38
中岳から、岩を下りて、北岳に向かう。 14:39 中岳から、ブナ林を北岳に向かう。 14:42
もうすぐ北岳山頂。 
台風で倒れたブナが痛々しい 14:57
道横の修験お供え 14:58
左・南岳、右・中岳。 北岳から両峰を遠望する 14:59
北岳・山頂。 注連縄内は、磐境(禁足地)の聖地である。 15:03

 北岳・山頂から、いよいよ下山。豊前坊を目指す。 鎖場を下り、木の階段を過ぎると・・自然の石を利用して作られた石段が・・・延々と。途中、『救世安民』と彫られた石碑。 (裏に『安政2年(1855年)正月』と彫られている)。この年には大きな地震があった年。150年以上前の“願い”は、今と同じ。シオジ林を横目に、石道を下っていく。 おぉ、これは何だ! 逆鉾岩・屏風岩・筆立岩などの奇岩! かつての火砕流が固まって出来たのだ。恐る恐る、その下を通っていくと、豊前・豊後の開拓祖先を祀ってある、高住神社に到〜着。用意されていた“レモン入りの紅茶”が、おいしかった〜。お賽銭をはずむ。
北岳山頂 15:01 測量点(北岳山頂) 15:02
北岳から、いよいよ下山 15:06 《樹の花 オオカメノキ・ムシカリ》
(北岳からの下山道横) 15:17
木の階段を下りる 15:18 岩の道が、ず〜と下まで続く。 下りていく 15:23
《救世安民》の石碑 (裏に『安政2年(1855年)正月』と
彫られている) 15:24
石で作った階段。シオジ林の中を、
どんどん下りていく。 脚が痛む 15:28
石道から横を向けば・・・
苔むした岩と、シオジ林。 15:39
目の前に奇岩が・・・
あとで《屏風岩》とわかる 15:49
これは何だ!! 《逆鉾岩》 15:51 《逆鉾岩》の横を、恐る恐るとおる 15:52
高住神社へ下りてきた 16:00 高住神社では、レモン入りの紅茶が
用意されていた! おいしい 16:06
高住神社・拝殿 16:11 高住神社・拝殿の下にある牛の像 16:11
高住神社から参道を下り、
振り向いて見あげる 16:14
高住神社から参道を下り、
振り向いて見あげる 16:15